2013年01月26日

笠間稲荷へ初参り

今日は、朝早く出発して、お稲荷さまのご本尊である、
笠間のお稲荷さんへ娘とともに初詣をして来ました。
毎年、一度は年が明けるとお参りして、本殿に上がり祈祷
して、「今年一年のしあわせ」を祈願して、御札を戴いて
きます。九時の祈祷でしたから余り人込みも無く静かな

本殿でした。その後簡単なお膳がセットされている部屋へ
通され「なおらい」をしてお帰り下さいと言われ、
御神酒をチョッと、甘い煮豆、こちらの皿には干瓢の煮物、
佃煮チョッと、赤い洋燗チョッとがのっていました。
十数年前に戴いた記憶がありますが、その頃と全く同じでした。
それが終わって、今度はお稲荷さんの旗を買いに。赤い旗を。

CIMG0325.JPG

初午にはお赤飯,下野れ(しもつかれ)と一緒に奉納し変えます。
「正一位笠間稲荷大明神」と書いた赤い旗を左右に立ててお供えします。
そのほか、ダルマも買いました。今年はいい年になりますように,
七たび転んでも起きられますように、いや、転びませんようにと、
特別に択んでいいダルマさんを買ってきました。
山手は雪で荒れ模様と言うのに、この辺は往復とも
良い天気で有り難い一日でした。
posted by コトおばちゃん at 17:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月25日

父のお祝い

私の父は九十歳で、母は八十五歳でなくなりました。私達
子供は、両親に甘え、苦労かけてきたのだから、ここまで
長生きしたら、子供達がお礼をかねて、米寿のお祝いを
してあげようとしたら、「ダメダメお祝いされると死んで
しまうから」とお断りされてしまった。其の後、

五年後、母は亡くなり、父は母亡き後、五年も長生きし、
野菜作ったり、草をむしったり、老体に鞭打ってよく働いた。
父は源氏の子孫だと自慢していた。薬師寺と言う村から
(上の川)婿養子に来て男二人、女二人の子を儲けた。
昔の婿さんは、それはそれは大変だったようです。
「小ぬか三升もてば婿にゆくな」と例えがある程。
でも父は逢えて、それに挑戦した。私は判っていました。
感謝の気持ちは常にありましたから、健康なうちに旅行に
連れて行きたいと、九州旅行は八泊九日、北海道は十三泊
十四日とゆっくり長旅をしてきました。それは喜びました。

img079.jpg

八十八歳になった時だったか、写真の様に、子や孫、縁者
親戚を呼んでお祝いしてあげました。みんな喜んで、父は
余り表情には出さない人だけど、その日は白い歯をむきだし
にして、笑ったり、お話をしたり、嬉しかったようでした。

昔は馬を家の中に飼っていたから、父が暗くなって畑から
帰り、又篭を背負って馬にやる草刈に出て行く姿は
しょっちゆう見ていました。篭に草を一杯つめて背負って
帰る途中、「首の所に紐が下がってきたので、ひっぱったら
蛇だった」と、笑って話してくれたことも。不器用だけど、
良く働く父でした。母は勿論ですが、父の存在感もなくしては
ならないといつも思います。現在私達があるのは、勿論。
両親さま、そしてご先祖さまありがとうございます。
posted by コトおばちゃん at 16:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月24日

思い出・・・巡礼

十数年前になると思いますが、巡礼の旅をしたことがあります。
最初は下野三十三札所めぐりでした。私は御詠歌を勉強して
いたので,輪袈裟は持っていたし、般若心経も唱えられたから
気安く、入ることが出来た。御詠歌の仲間数人と「多気のお不動
さん」に申し込み、初回は住職の先達で歩きました。

img077.jpg

電気やさん、パン屋さんなど、男性郡が多かった。
下野札所には書斎もなく、貴重所もなかったから、ただ、お参り
して、般若心経を、お唱えするだけでした。札所と言っても
人が立ち入らぬ、道なき道を分けいって、お参りリして来た
所もありました。でも気持ちがすっきりして、田舎道、田んぼの
田舎道を歩くのは最高でした。

img078.jpg

こんなに立派なお寺にも行きました。足腰が元気だったら
もう一度廻りたい心境です。巡礼ってとても気持ちが落ち付く。
皆さん、とっても気持ちが良いものです。一度志を立ててお参リを
お勧めします。気の向くとき、行けばよい、好い旅ですよ。
(続・・・巡礼は後日おしらせします。)

posted by コトおばちゃん at 22:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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