2014年10月07日

幼き頃(其の七)

  ため池
実家は高い位置に建っていて、前方が開けていて、池あり
川あり、田んぼあり、芝原あり環境に恵まれて育った。家の
前の坂を駆け出すと惰力がついて止まらず、
一目散に駆け下りなければならなかった。下りたとこには
原んぼで、ため池があった。ため池には鯉や鮒、蛙や芝海老
挙句に、原の赤いイモリがいた。イモリの腹は赤と黒のまだら
になっていて気持ち悪い.ため池と言っても綺麗な清水が
どんどん流れていて、中が済んで良く見えて綺麗だった。

水草がヒラヒラしていて其の間を、大きな鯉が群れをなして
泳いでいて見事だった。しかし夏になると鯉が飛んできた
虫を食べる為、「ボチャーン」と大きな音を立てて飛び上がる
のがすごく怖かった。子供の頃は、かなり大きいため池に
見えて、一人では行けず、兄とだったらよく行って遊んだ。

当時,アミなど無かったから,兄は篩(米や麦等を選別する
道具でザルのような道具)を持ってきて、ため池の淵で
腹這いになって逆さまになり、ため池の岸をザブザブすくった。
「落っこちると大変だから、コト足をおさえてろ」と言われて
小さいながらも、兄の言う通りにおさえていた。かるく、
そっと押さえていても、兄は安心してか一所懸命すくっていた。
一度篩(ふるい)を入れてザブザブ振ってあげると、小鮒や
芝海老がピンピン跳ねて、何匹も入ってきた。あっちこっちで
すくって、」バケツに少し溜まったら、家に持ち帰った。
其の時、決まって私は水でぬれた重たいふるいを持たされた。
汚れた身なりで家に帰ると兄は、囲炉裏で火を燃やした。
私は木をおっかいて火にくべ(木を折って火に入れ)三徳
(ヤカン、鍋、などを載せ下から火を燃やして煮る台の事)
兄はジュウノウ(炭や灰を取る道具)を持ってきて三徳に
乗せた。ややジュウノウが熱くなった頃、海老をのせた。
海老は飛びはねたが、すぐに赤くなってしまった。
兄は木の枝や火箸でかき回しながら、「もうやけたんびゃ」
と新聞紙にまけて(あけて)「コトも食えな}というので
一緒に赤くなった海老を食べた。余りうまいと思わなかった
が、兄の言うままにしていると、珍しい遊びができて
面白かった。そして何時でも弘ちゃん、弘ちゃんと(なぜか
アンちゃんとは呼ばせられなかった)付いて歩く二人の
兄弟が素適な絵になるような気がする。そして今でも
紺絣の着物を着て、青白い顔をした小柄な姿が忘れられない。

CIMG0602.JPG
ふるさとの山は何時見てもいいねえ。
posted by コトおばちゃん at 15:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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