2014年10月12日

お祭り

今日、十一日から十三日迄、当地、鹿沼のお祭りです。今年は二十四台の屋台が
出揃いました。古い江戸時代の物から隣の町内に負けじと、新しく建造したものなど
様々出揃いました。てこ舞さんも綺麗に着飾って。若衆も粋なハッピ着てかっこよかった。
台風も来てると言うけど、まだ此処まで来ないので安心して見てきました。

東京から孫が嫁さんと女の子の赤ちゃん1才を連れてやってきた。どのくらい歩けるように
なったかと、楽しみに待っていたら、かなりしっかりした足取りでどんどん歩いている。
お話も片言で、ワンワン、花、色々な事を話せる。子供の成長って早い物ですね。

十二日は、早速、孫とひ孫全員集合。お千手山へ行って、電車に乗ったり観覧車に
乗ったり。 みんな大喜びで、子供は勿論、大人も喜んでチンチン電車にのってきました。
休憩所で、簡単な昼食、お弁当を食べて、帰って来ました。
たまにこんな所でみんなで会食もいいねと話しながら。

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posted by コトおばちゃん at 16:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月08日

幼き頃(その八)

  いたずら
学校から家まで、かなり遠かった。もっともっと遠くから
通っていた子もいた。家へ中々辿りつかないと、友達同士で
喧嘩してみたり、何かいたずらでもしたくなるもの。

或る日、私とモトちゃん、タキちゃんと三人で疲れた足取り
で、モロヤマの麓まできた。そこには湧神前(ユウジンマイ)
と言う小さい水溜りがあった。(今でもある)モロヤマから
の清水が出て、池は満面に綺麗な清水。その水は道路の下を
土管をくぐり、下へ下へと田んぼの方へ流れを作っていた。

その日は、タライに並々と水を汲み置いてあった。三人は
その水で手を洗い、「モトちゃんこれひっくり返しちゃうか」
「うん」一、二の、三で、がシャーん重たいけどがんばって
撒けた。「誰がこんなことして置いたんだんべ。」と
口々に言いながら帰ろうとしたら、

「ナンダこの奴らっ、ひとが汲んで置いた水、
まけちゃいやがってっ」と近所のおばさんがかんかんに怒って
山のように抱えてきた洗濯物を
ドサンと地面に下ろした。「アレエ、悪い事したぁ」と
思いながらもゴメンナサイの一言もいわず、おばさんを
避けて道の端っこ、草の上を通って逃げ帰った。
一人じゃ出来ない、大勢だから出来た学校帰り、
悪がきになって帰った初日でした。

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posted by コトおばちゃん at 19:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月07日

幼き頃(其の七)

  ため池
実家は高い位置に建っていて、前方が開けていて、池あり
川あり、田んぼあり、芝原あり環境に恵まれて育った。家の
前の坂を駆け出すと惰力がついて止まらず、
一目散に駆け下りなければならなかった。下りたとこには
原んぼで、ため池があった。ため池には鯉や鮒、蛙や芝海老
挙句に、原の赤いイモリがいた。イモリの腹は赤と黒のまだら
になっていて気持ち悪い.ため池と言っても綺麗な清水が
どんどん流れていて、中が済んで良く見えて綺麗だった。

水草がヒラヒラしていて其の間を、大きな鯉が群れをなして
泳いでいて見事だった。しかし夏になると鯉が飛んできた
虫を食べる為、「ボチャーン」と大きな音を立てて飛び上がる
のがすごく怖かった。子供の頃は、かなり大きいため池に
見えて、一人では行けず、兄とだったらよく行って遊んだ。

当時,アミなど無かったから,兄は篩(米や麦等を選別する
道具でザルのような道具)を持ってきて、ため池の淵で
腹這いになって逆さまになり、ため池の岸をザブザブすくった。
「落っこちると大変だから、コト足をおさえてろ」と言われて
小さいながらも、兄の言う通りにおさえていた。かるく、
そっと押さえていても、兄は安心してか一所懸命すくっていた。
一度篩(ふるい)を入れてザブザブ振ってあげると、小鮒や
芝海老がピンピン跳ねて、何匹も入ってきた。あっちこっちで
すくって、」バケツに少し溜まったら、家に持ち帰った。
其の時、決まって私は水でぬれた重たいふるいを持たされた。
汚れた身なりで家に帰ると兄は、囲炉裏で火を燃やした。
私は木をおっかいて火にくべ(木を折って火に入れ)三徳
(ヤカン、鍋、などを載せ下から火を燃やして煮る台の事)
兄はジュウノウ(炭や灰を取る道具)を持ってきて三徳に
乗せた。ややジュウノウが熱くなった頃、海老をのせた。
海老は飛びはねたが、すぐに赤くなってしまった。
兄は木の枝や火箸でかき回しながら、「もうやけたんびゃ」
と新聞紙にまけて(あけて)「コトも食えな}というので
一緒に赤くなった海老を食べた。余りうまいと思わなかった
が、兄の言うままにしていると、珍しい遊びができて
面白かった。そして何時でも弘ちゃん、弘ちゃんと(なぜか
アンちゃんとは呼ばせられなかった)付いて歩く二人の
兄弟が素適な絵になるような気がする。そして今でも
紺絣の着物を着て、青白い顔をした小柄な姿が忘れられない。

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ふるさとの山は何時見てもいいねえ。
posted by コトおばちゃん at 15:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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